新潟地方裁判所 昭和27年(行)2号 判決
原告 本間竹松
被告 新潟県知事
一、主 文
被告が昭和二十六年十二月一日付をもつてなした、原告及び訴外中川正市間の新潟県佐渡郡畑野村大字畑野字西境千五百六十九番田一反五畝十四歩に係る賃貸借の解約の許可申請に対する不許可処分は、これを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
原告はかねてその所有の請求趣旨記載の田一反五畝十四歩を同大字の訴外中川正市に賃貸しきたり、昭和二十五年十二月十日更めて期間を同年一月一日より昭和年二十六年十二月三十一日まで、小作料を年額九百二十八円、支払期を毎年十二月二十日と定めて、その旨契約書を作成したものであるが、昭和二十六年六月二十七日頃から接渉をなし、その結果同年七月十一日中川より右田を同年末限り返還を受けることに同意を得、ここに当事者間に右賃貸借を終了させることの合意が成立した。よつて原告は被告に対し同日付をもつてその約定書(甲第二号証)を添え賃貸借の解約許可申請をなしたところ、被告はこれに対し同年十二月一日付をもつて不許可処分をなし、その通告は同月五日原告に到達した。しかれども、右処分は原告が右のごとく中川との間に真実適法になした合意解約の許可を拒むもので、もとより違法のものというべきである。(決して中川を強要圧倒して同意させたものではない。)のみならず、本件については左記事情もあり、原告の自作を相当とする場合といえ、然らずとするも解約につき正当の事由がある場合である。
すなわち、原告方及び中川方はいずれも世帯人員は夫婦のみで、年令は原告側が共に若く(原告四十四才、妻四十才、中川四十九才、妻五十四才。)しかも、その耕作面積は原告方が田三反六畝余、畑一畝を自作するに対し、中川方はこれより遙かに多い田五反九畝余、畑四畝余を自作する外本件田を含め田二反七畝余、畑二畝余を小作するものであるが、中川の妻は昭和二十六年十二月二十六日から中風症を病み、中川本人は農事に精励せず、常に減産の状態にあり、原告方がむしろ増産能力あるものである。しかして原告の自作田は通称郷内田と称し、田浅く、地味痩せ、湛水能力なく、収穫甚だ少きに引きかえ、中川の耕作田はいずれも通称沖の田と称し、田深く地味肥え、湛水能力強く、収穫豊富で、各々の昭和二十六年度産米供出高は、原告方は、割当、供出共、六、四三石に対し、中川方は、割当二二、七九石のところ、供出一八、八石にて、その余は未納である。右次第で、原告は純農ながら、まことに貧農であるが、中川は収穫豊富で本件田を返還するもさして苦痛を感じないものである。原告が従来右田の返還を求めなかつたのは、戦時中は兵籍にあり、かたがた一般に異常な人手不足であつたし(当時本件外の田一反八畝位を他に売却し、その代金を生活の資に充てたこともある。)、その後は小作人保護の風潮盛んにして到底本件田の返地を受けるのが困難であつた事情による。なお、本件田より受ける小作米は以来一石四斗三升で相当生活の補いとなつたが、金納制となつて従来小作料は極めて少額で、原告のごとき零細農の賃貸人にとつては、益益生活を困難ならしめている。ちなみに、前記不許可処分の後にわたることではあるが、中川は日頃遊興に耽つて金銭を濫費し、供出米をも滞つて、遂に惰農に陥つた。しかも、自作田中一反八畝は既に訴外本間金平に売却せんとし、事実上手附金を受取り、同人をして耕作せしめている。又中川はその所有の馬及び馬小屋を他に処分し、なお風雪より農家を保護する家周囲の立木をも伐採処分した外、農作業用納屋も債務の抵当に入れ、競売に付されようとしている。しかものみならず、中川は昭和二十六年度の小作料をその期限たる同年十二月二十日に支払わず、原告が同月三十一日、翌二十七年一月二日までに支払うよう催告し、初めて同月四日これを支払つたもので、理由なく小作料を滞納しているものである。以上の次第であるから、本件解約不許可処分は、いずれにしても、当然許可すべき事由があるのに、これを許可しないもので、違法である。(居村農業委員会の会議においては、出席委員十四名中、解約を不相当とする者六名、これを相当とする者一名、残余は棄権とみなされ、結局、解約を不相当とする者が出席委員の過半数に達しなかつた実情もある。)よつて、原告は被告に対し右違法処分の取消を求める。(立証省略)
被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、次のとおり述べた。
訴外中川正市が従来原告主張の田一反五畝十四歩を同人より小作しきたり、昭和二十五年十二月一日更めて原告主張のように賃貸借の条件を定めて契約書を作成したこと、そして中川は原告の要求により昭和二十六年七月十一日右田を同年末限り返還する旨を約した約定書(甲第二号証)を認め、原告より被告に対し同日付をもつて右約定書を付し解約許可申請がなされ、これに対し被告が同年十二月一日付をもつて不許可処分をなし、その決定は同月五日原告に到達したことは、いずれも認める。しかしながら、右合意は中川が原告の妻より十数回にわたり弁巧に、しかも極めて執拗に、強要されこれに圧倒されてなしたもので、真の自由意思による返還の同意ではない。(しかも、爾後調査によると、中川は到底返還することはできないと強硬に主張している。)のみならず次のごとき事情もあつて、原告は自作を相当とするものでなく又解約(乃至更新拒絶)をなすにつき正当の事由あるものでもない。すなわち、原告及び中川の世帯員数、年齢、耕作面積、供出割当高はいずれも原告のいうとおりであるが、本件田は中川の親の代より過去数十年にわたり借受小作しきたつたものであり、中川は右のように田約八反七畝畑若干を耕作する専業農家で(同村の平均耕作面積は約八反歩)、現に妻とともに農業に精励し、生産を増進させているが、原告はそのいうごとく田三反六畝余畑一畝を耕作し、曾つて現在以上の面積を耕作したことなく、しかも、原告は部落内でも他人と殆んど沒交渉で、田の耕作もなさず、耕作は専ら原告の妻が当り、自家労力としては一人で右自作地でさえ雇傭労力に頼る状態であり、通常農家並の生産はできない。又、本件田を取上げても、原告の妻一人では到底五反余歩の自作能力なく、第三者に売却される懸念さえあり、仮りに自作するとしても、営農施設不充分で、生産の減退は必至である。原告にはなんら自作を相当とする理由は認められず、その他真実具体的に返還を要求する正当事由はないものというべきである。本件解約許可申請を不許可とした所以である。なお、中川は右処分後、昭和二十六年末頃一時遊興をなしたことあるも、昭和二十七年の春耕期以後その事実なく、同人の妻も病癒え、夫婦共に農業に精励している。又、中川は出費等のため一部所有田を他に売却せんとしたことあるも、親戚の反対にて取止め、それを一時耕作せしめたのも妻病気による人手不足のため、耕作を依頼したものに過ぎない。その他、多少共財産を売却した事実もあるが、いずれも家計上の都合に基くもので、しかも、右処分後のことでもあり、その適否についてはなんら関係のない事柄である。又中川が昭和二十六年度の小作料を原告主張のごとく遅れて支払つたことは認めるが、それはいまだ信義に反して小作料を滞納したという程度のものではない。
本件処分は適法で、原告の請求は理由がない。(立証省略)
三、理 由
原告がその所有の新潟県佐渡郡畑野村大字畑野字西境千五百六十九番田一反五畝十四歩を従来訴外中川正市に賃貸しきたり、昭和二十五年十二月十日更めて期間を同年一月一日より昭和二十六年十二月三十一日まで、小作料を年額九百二十八円、その支払期を毎年十二月二十日と定めて契約書を作成したこと、ところが中川は原告に対し昭和二十六年七月十一日右田を同年末限り返還する旨を約した約定書(甲第二号証)を認め、原告より被告に対し同日付をもつて右約定書を付して解約許可申請をなし、これに対し被告が同年十二月一日付をもつて不許可の処分をなし、その決定が同月五日原告に到達したことはいずれも当事者間に争がない。被告は右合意は中川が原告の妻より、十数回にわたり、弁巧に、しかも極めて執拗に同意を強要されこれに圧倒されてなしたもので、その自由意思に基くものではない、と主張する。しかし、証人中川正市の証言によつては、中川が昭和二十六年六月頃以来原告の妻から経済的事情等の理由により一再ならず返還の同意を求められ、やがてこれを承引して同年七月十一日右約定書を交付するに至つた事実を認め得るに止まり、いまだ、中川が原告の妻の要求に圧倒され、その自由意思によらずして承諾を与えたものであるとは、到底認め得られないところであり、他にこの事実を認めるに足る証拠はない。却つて、証人本間ミズ、同石塚浅治の各証言、原告本人訊問の結果を綜合して考えると、原告方は耕作田少く、しかもいわゆる郷内田に属し、比較的地味痩せ、良田とはいえないものであり、その上、原告は農事に馴れず、農耕その他を主として妻ミズに委ねおる関係もあつて、可成り経済的苦境にあり、他方本件の田は沖の田と称して良田に属し、原告方は耕作能力が充分とはいえないにしても、右田の返地を受け耕作をなすにおいては、生活の窮乏をいやし得る見込もあるところから、本件田の返地を受けようとして、昭和二十六年六月二十七日頃より中川にその申入をなし接渉をしたところ、そのうち、同人も口頭をもつて承諾したのであるが、なお居村農業委員会に聞き合わせをなした結果、中川より右についての同意書を徴することとなり、同人に依頼して、原告方が用意した案文により、手記捺印し貰いたる前記約定書の交付を受け、これを付して本件解約許可申請をその経由機関たる前記農業委員会に提出したものであることを認めるに足り、中川は原告に対し真実その意思で同意したもので、原告方よりの要求に基くものであるにせよ、それはいまだ被告のいうごとく巧言と執拗をもつて中川を圧倒させ同意させたという程のものではなく、もとより地主小作人間の勢力関係に基く強制強迫というごとき性質のものでもないことは明瞭である。被告の主張は理由がない。ところで、(旧)農地調整法によれば、農地の賃貸借の当事者が解除解約又は更新拒絶をなすには同法第九条第一項(第二項は暫くおく。)によつて定められた要件を具備しなければならず、同条第三項によれば、農地の賃貸借の当事者が解除若は解約(「合意解約」を含む。)又は更新拒絶をなすには、(民事調停法による農事調停の場合を除き)市町村農業委員会(又は都道府県知事)の承認(又は許可)を要するものとされ、右承認(又は許可)を受けずしてなした行為はその効力を生じないものとされる(同条第五項)。従つて農地の賃貸借を一方的に解除、解約、更新拒絶によつて終了させるには、市町村農業委員会(又は地方長官)をして前記第九条第一項の要件を具備するかどうかを審査せしめ、その許否を決定せしめる趣旨であることは、もとより明かであるが、同法は右のとおりそのいわゆる「合意解約」の場合、すなわち当事者の合意により賃貸借を終了せしめようとする場合にも、なお、右承認(又は許可)を要するものとする。しかし、右「合意解約」なる語は、同条第三項において卒然として挿入せられあるものであるから、この場合には、第一項のごとき特別の理由を要せず、他に格別の事情(返地を受くる賃貸人が非農家で耕作をなす見込なき場合等)がない限り、一般には、その合意が、真実当事者の自由意思に基きなされ、小作人が地主の圧迫を受け不当な不利益を甘受するものでないかどうか、の点を確かめさせんがため、右のごとく規定したものと解するのが文義上妥当なりと解せられる。しかしながら、進んで右第九条は広く賃貸借を終了せしめる場合を制限する趣旨なりとし、第一項の解除、解約等は一方的意思表示によるものを予定しながら、なお、第三項との対比上「合意契約」をもこれを除外しない趣旨と解するか、或は「合意解約」についても右第三項と第一項との関連上、なお、類推して、第一項と同様の制限要件を冠するのが相当であるという解釈に従うときにおいても、本件のごとく当事者間に真実適法な合意がなされ、解約許可申請にその同意書が添付せられあるごとき場合には、その許否を決するに当つて、これを単に一方的意思表示に基く解約申入等と同日に論じ、なんら輊軽なきものとして画一に取扱うことは、現行法体系の根幹ともいうべき私的自治の原則に照し見て、農地調整法のごとき社会的立法の下においても、なお決して当を得たものではないといわなければならないところである。(通常私法においては、右のごとき合意が一旦なされると、当然「約束は守らるべし。」という原則に支配される。ことは勿論である只農地調整法では、かゝる合意も、特別に、その効力が前記承認(又は許可)に繋るものとされるのである。)従つて、右のごとき合意のなされた事実は、立法の予期が奈辺にあつたかは別として、同法第九条第一項後段にいう「その他正当の事由」ある場合についての無視し得ない重要な契機乃至要素をなすものと解釈する外はないものというべきである。しかりしかして、本件においては、前記のごとく中川は原告方の申入を承引し、その意思にて土地の返還を約し、その間不当な圧迫強制等は認められないものである外、なお、次のごとき事情があるものである。すなわち、原告及び中川はいずれも夫婦のみであるが(各自の年齢は原告のいうとおりであり、原告方が夫婦共幾分年齢は若い。)その耕作面積は、原告方が田三反六畝余、畑一畝を自作しおるに引きかえ、中川方は田五反九畝余、畑四畝余を自作する外本件田を含め田二反七畝余、畑二畝余を小作しておるもので(居村の一戸当り平均耕作面積は約八反歩)、その産米供出割当高も昭和二十六年度は原告方六、四三石、中川方二二、七九石となつていることは、いずれも当事者間に争がなく、これに加うるに原告方が本件田の返地を求めるに至つた前記認定の経緯事情を併わせ考えるときは、中川は、原告との権衡上、本件田一反五畝余を返還するも、なお、これがため、さして生活の維持が困難になるものとは認めることはできないものである。(この点に関し、処分後のことではあるが、中川は耕作中の田一反八畝位を他人に処分又は耕作せしめようとした事実もあることは、証人本間金平、同遠藤次郎の各証言に徴し充分窺われる。)尤も、原告はさして耕作に親しまず、その妻が主としてこれに当つていることは、前記のとおりであり、その他経営施設等からして、その耕作能力が中川方に比し多少共劣ることは、証人中川貞一、同金子末吉、同中川正市の各証言に徴し知り得るところであるが、他面、証人本間ミズ、同石塚浅治の各証言及び原告本人の供述によれば、原告方は概していえば、「夫内にあり、婦外に働く」態の農家と一応いい得るも、原告とても全然農業の未経験者というのではなく、その足らざるところは、妻ミズが補つて耕作をし、適宜牛馬耕等労力を自家労力との交換等により得、小農ながら一応農家としての生計を営みおり、今後本件田の返地を受くるも、なお耕作面積五反余歩に過ぎず、右夫婦して相補い適宜耕作経営に当るときは、相当の生産を挙げることも、さして難事でないことが、窺い知られる。以上彼此事情を綜合するときは、本件田の解約は、原告が中川に比しいわゆる「自作を相当とする場合」に該当するといい得ないとしても、なお、解約につきその「正当の事由ある場合」に該当するものと認定するを相当とする。若しそれ、原告方の耕作能力乃至生産力が中川方のそれに比し多少共及ばないものと認める外なき点については、こと解約の正当性に関する限り、原告方の耕作面積が中川方のそれの半ばにも達せず、なお原告は賃貸人でありながら経済的にむしろ窮乏の状態にあること、更には中川が解約について真実適法に同意を与えた事実等により、これを補つてなお余りあるものということができるものと考える。果して然らば、被告が本件解約許可申請に対しなした不許可処分は、当に法律上、許可すべき事由ある場合に該当するに拘わらず、これを許可しなかつた点において違法であり、もとより原告はこの違法処分を取消すについて法律上の利益を有するものというべきである。
よつて原告より被告に対し右処分の取消を求める本訴請求を理由ありとして認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三和田大士)